狐は豚に貢ぎたい

露文徒の雑記

ハーディ『ダーバヴィル家のテス』について

今回はロシア文学じゃなくて英文科のお友達がおすすめしてくれたイギリスのトマス・ハーディさんが1891年に出版した『ダーバヴィル家のテス』(原題:Tess of the d'Urbervilles)について露文徒の視点から書きます。

 

作中の地名は、モデルにした場所はあるらしいんですけどだいたい架空の地名だそうです。

簡単なあらすじ

第1編処女

テス・ダービフィールドという少女は、イギリスのマーロットという村の貧しい行商人の一家の長女でした。

ある日その村の牧師がテスの父親にテスの一家はかつてその土地の貴族領主であったダーバヴィル家の末裔だと教えます。それを聞いた父親は調子に乗り周りに言いふらします。

それを聞いた妻は、隣村のトラントリッジにダーバヴィルという夫人がいることを思い出し、そこで娘のテスを奉公させ、身分の高い紳士と結婚させてもらおうという計画を思いつきました。

テスはその計画に乗り気じゃありませんでしたが、自分のせいで生計を立てる上で必要な家に一頭しかいなかった馬を死なせてしまい、ダーバヴィル家で奉公する決意をします。

テスがダーバヴィルの屋敷を訪れるとそこの夫人の息子であるアレクに会います。実はこの屋敷に住むダーバヴィル家は、テスの先祖に当たるダーバヴィル家とは関係のない偽物だったのですが、テスはそれを知らずアレクに騙されそこで奉公することになります。

その後テスは真面目に奉公しますが、アレクに一瞬気を許してしまったが為にアレクに犯されてしまいます。

第2編もはや処女ならず、第3編更生、第4編結果

テスは絶望して実家に帰り、アレクの子を出産します。

しかし、子供はすぐ死んでしまい、村にいるのが決まり悪くなったのでテスは1人で家を出て、遠く離れたトールボセーズの酪農場で乳搾りに従事します。

テスはそこで平和に暮らし、女友達も出来て、エンジェル・クレアという男に出会います。エンジェル・クレアは、エミンスターという地方の牧師の息子三兄弟の末っ子で、農業の勉強をするためにトールボセーズに来ていました。

エンジェル・クレアは、テスを純潔な女性だと思い込んで気に入り、アプローチをかけます。テスも女友達には絶対エンジェルとは結婚しないと言いつつ自分の過去を隠し、エンジェルといい感じになり、結局2人は結婚します。

第5編女は償う

結婚初日2人はトールボセーズを出て、かつてのダーバヴィル家の屋敷に泊まります。しかし、そこでエンジェル・クレアが実は自分が童貞ではないという秘密を打ち明けてきたため、テスも自分の過去を打ち明けます。

それを聞いたエンジェルはテスに失望し、ブラジルに行ってしまいます。

1人残されたテスは、一応エンジェルから別れる前に生活費をいくらかもらっていましたが、貧しくて困っていた実家に送ってしまったので、生活するのに金が足りなくなりました。

それを補うため、トールボセーズ時代の女友達の誘いでフリントコム・アッシュで野良仕事をするようになります。テスはエンジェルとの関係を半ば諦めていましたが、女友達との打ち明け話により、エンジェルへの想いがまた強くなり、彼の両親に会いにエミンスターへ行くことになりました。

テスは、エンジェルの両親は自分を受け入れてくれるだろうと楽観的に考えていましたが、実際行ってみると道でエンジェルの兄2人がエンジェルが乳搾りの女と結婚したことへの嫌味を言っているのを聞いてしまい、自分は受け入れられないと感じたテスはエミンスターから逃げ出します。

落胆しながら帰る途中でテスは、誰かが熱く説教しているのを耳にします。それを見に行くと説教していたのはなんと自分を孕ませたアレク・ダーバヴィルでした。

第6編改宗者

テスはアレクを見て逃げ出しますが、アレクは後を追ってきます。テスは「もう私に近寄らないでください!」と言ってまたフリントコム・アッシュまで帰りますが、数日後テスが仕事をしているとアレクがやってきて結婚を迫ります。

テスはもちろんエンジェルと結婚しているので断りますが、その後もアレクはしつこくテスにアプローチをかけます。

テスは断り続け、エンジェルにも早く戻ってきて欲しいと手紙を書きますが、エンジェルからの返事は一向になく不安に陥ります。(この時エンジェルはブラジルで熱病にかかって寝込んでました。エンジェルも早く帰りたいしテスに会いたい気持ちでいっぱいです。)

そんな中テスの元にテスの妹のライザ・ルーがやってきて母親が死にそうで父親も調子が悪そうだから実家に戻って欲しいと伝えます。テスは急いで実家に帰り、仕事を手伝いますが、母親が良くなったと思ったら父親が死んでしまいます。

ダービフィールド一家の持ち家は3世代限定の借地であり、父親が3世代目であったため契約が終わり、一家引っ越さなくてはならなくなりました。

一家は祖先ダーバヴィル家の納骨堂のあるキンズビアに向かいますが借りれる家や泊まれる場所もなく路頭に迷ってしまいます。

そんなテスの前にアレク・ダーバヴィルが現れ、テスは家族を援助してもらう代わりにアレクに身を捧げます。

第7編遂行

ブラジルから帰ったエンジェルは、テスを探し出しますが、すでにテスはアレクの妻となっていました。

テスはエンジェルを追い返しますが、アレクがエンジェルのことでテスを罵ったのでテスはアレクを刺し殺してしまいます。

テスはすぐにエンジェルを追いかけ2人は一緒に逃げます。

何日かの逃亡ののちテスはストーンヘンジの祭壇の上で寝ているところを逮捕され、絞首刑になります。

感想

なんというか暗いし救いようがないし、後味の悪い作品でした(´・ ・`)

ロシア文学でも自殺とか殺人はよくありますけど、この作品はとことん不幸な話です(><)

本当に作品の質はロシア文学とそんなに変わらないと思いますけど、ロシア文学と比べて違和感を感じるポイントとしては、土地の移動、身分制度、宗教観ですかね〜

土地の移動に関しては、テスはいろんな地方を簡単に行ったり来たりしていますけど、帝政ロシア1861年農奴解放令までは農奴制なので同じ19世紀の文学を比較してもロシア文学の金の時代には土地の移動の話はあまり出てきませんね。調べたところでは領主に対して負債がなれば秋の「聖ユーリーの日」の前後二週間だけは合法的な移動が認められたらしいですが、小作人っていうのは大抵の場合は常に領主に対して負債を負っているものですから実際にはロシア農民が土地を移動することは農奴解放令までほとんどなかったでしょう。

身分制度で気になったのはイギリス人は昔からの名家とかの家柄をすごく重んじているというところですね。ダーバヴィル家は昔は騎士の称号を持っていたけど騎士の称号は世襲性じゃなかったとかなんとか。農民だからそういう身分に憧れが強いという可能性もありますが、帝政ロシアではそこまで身分の話をしてるのを見たことはないので違和感がありました。

次に宗教観ですけど、まあイギリスはプロテスタントでロシアは正教会なので違和感あるのが当然ですね。イギリスの方はなんか純潔に対するこだわりが強いように感じました。別にテスは無理やり犯されただけなんだし、一回の過ちぐらい許してあげなよ〜って思うんですけどね、テスが処女じゃないってだけで別れようとするエンジェル酷すぎますよねwwww

しかもエンジェル自分童貞じゃないのにそれを棚に上げるの最低だよねって英文科のお友達も言ってました。本当にその通りだと思います。ロシア文学だと貴族中心だからかもしれませんが結構放蕩にに耽ってる若者多いですよ。貴族社会じゃ不倫も横行してますしね。イギリスは自由恋愛の社会だとロシア文学でよく紹介されてたので結構イギリス人遊んでるのかと思いきやこの作品読むとロシア人の方が意外と節操ないと思ってしまいますね。

でもこれ書いてたら後で民間信仰についても触れますがやっぱり宗教観は貴族社会と平民社会分けて考えないとなんとも言えない気もしてきました。

 

でも『アンナ・カレーニナ』とかにあるように神の前で愛を誓い合うとなかなか離婚するのが難しいらしいっていうのはイギリスでも同じっぽいですね〜

 

本当に僕はロシア文学しか読まないのでその範疇の外にあるものは語れないんですけど、分かる範囲内で『ダーバヴィル家のテス』の気になるポイントについて最初の方から順番に見ていこうと思います。

まずは冒頭の女の子たちが白い服着て踊ってるシーンですね。

作中でエンジェル・クレアが何回かテスのことを"異教徒"って呼んでるんですけど、それに関する記述がいろんなところに散りばめられていて、イギリスのフォークロアを描くことがこの作品の一つのテーマになってるような気がしました。

実際に作中で「おお、汝ら日と月よ……おお、汝ら星たちよ……汝ら地上の緑なるものよ……汝ら天かける鳥どもよ……野の獣と家畜どもよ……人の子らよ……汝ら主を祝福し、主をたたえ、永遠に崇めまつれ!」(岩波上巻、p.171)という詩をテスが歌うシーンがあり、その後にこう書かれています。「そして、おそらく、この半ば無意識的な狂想曲は、一神教を背景とした物神崇拝を言い表したものだったろう。戸外の『自然』の形や力を主な伴侶とする女というものは、後世になって彼女らに教えられた組織だった宗教よりも、遠い祖先の異教的な空想の方をはるかに多くその魂の中にとどめているものだ。」

ここに明確に書いてある通りテスはキリスト教徒であるだけでなく自然崇拝のような民間信仰も受け継いでいました。ここはロシアの農村の状況と同じだったので理解しやすかったです。

中世より前、貴族層を中心にキリスト教を受け入れ、農民たちを無理やり改宗させようとしても民間信仰が完全に消えなかったのはヨーロッパのどこの国も同じなのでしょう。

それで話が戻りますが冒頭のダンスのシーン、何をしていたのかというとおそらく夏なのでスラブ圏で言う夏至の豊穣祭「イワン・クパーラ」のイギリス版でしょう。(イギリスで何て言うか知りません。)

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イワン・クパーラ

この異教の行事はスラブ圏では女性主導で行われるもので、白い服を着た女の子たちが集団で水に入ったりカップルで焚き火を飛び越えて水と火の精との結びつきを強くするものです。

内容や呼び名はイギリスとロシアでは少し違うでしょうが、テスは農村で小さい頃から豊穣の儀礼などに参加して異教徒としての精神も培ってきたのでしょう。

それに最後テスが逮捕されたストーンヘンジのことを「異教徒の神殿」(岩波下巻、p.284)と表現していたのでテスの本質はキリスト教ではなく異教にあるということを作者も伝えたかったんでしょう。ちなみにかつてストーンヘンジで行われていた儀式は生と死に関するものだったそうです。

 

次にテスの家族についてです。テスが長女で下に兄弟が5人か6人いるっぽいんですけど、19世紀のイングランドの一世帯平均人数は約4.7人らしいのでダービフィールド家はなかなかの大家族と言えますね。

父親は行商人ですけど、一般に経済発展に伴って行商は衰えていくと言われてるので産業革命が進んだ19世紀末に行商人としてこの家族を養うのは無理でしょう。

テスのお父さん自分が名家の末裔だと知ってから調子乗ってあんまりちゃんと仕事してなさそうだったけど、よく家計の火の車が灰にならなかったなって感じです⊂*1

 

母親がテスを身分の高い人と結婚させて自分もいい思いをしようと考えてましたけど、これはチェルヌイシェフスキーの『何をなすべきか』の序盤と一緒ですね。ヴェーラ・パーヴロヴナは母親が結婚させようとした相手の本性をいち早く見抜いて結婚回避していましたが。やはりこの時代の庶民は支配階級に憧れがあり、こういうことを考えた人は少なくなかったのでしょう。

 

次に気になったポイントは、トラントリッジでアレクに犯される前に酔っ払った女2人に喧嘩をふっかけられる場面があるんですけど、そこでその女2人が「スペードの女王」、「ダイヤの女王」っていう風に表現されているところですね。これは他の人は気になるのか分からないんですけど、こういう表現が急に出てくるのは僕にはすごく違和感がありました。「スペードの女王」というカードには本来身分の高い人という意味がありますが、他にも死を意味していることもあるそうです。これは「スペード」が剣を表していることからの派生でしょう。ちなみにこの作品への影響はないでしょうけど、プーシキンの有名な小説で『スペードの女王』というホラーテイストの作品があり、「スペードの女王」という言葉の持つ意味を上手く作品に組み込んでいます。この作品については今度書きます。

 

次にテスがアレクにレイプされたところですね( ´・ω・`)

僕はこの作品を読んでトルストイの『復活』という作品に似てるなと思いました。裁判官の主人公がかつて犯した使用人が子供を産んでいて殺人に関わって捕まったところを法廷で再会するという話なんですけど本当に同じような話で驚きました。

この時代は領主が被支配階級の娘たちを好き勝手弄ぶのがよくある事だったのでしょう。現代でもそういう男はいて普通の顔していつでも純潔な娘を狙ってるんですよね。みんな1回トルストイの『クロイツェル・ソナタ』読んで欲しいですね。

テスが本当に可哀想(´・ ・`)

 

テスが産んだ子供が死んだ後牧師に埋葬してもらうように頼みに行くんですけど、洗礼を受けてない子供は埋葬できないって言われてテスが自分で簡易的な埋葬をするんですけどそれもかわいそうですよね。現代だったら墓地埋葬法があるので寺社・教会は頼まれたら絶対埋葬しないと怒られますよ( ̄▽ ̄;)

 

次にエンジェル・クレアですね。こいつはなんというか調子良く言ってることコロコロ変える一貫性のないやつですね。アレクも悪い男ですけど、こいつも悪い男ですね。自分童貞じゃないくせにテスが処女じゃないって知った途端態度変えてブラジル行ったのは唖然としましたね。最後はテスのところに帰ってくるんですけど、テスが捕まった後結局テスの妹のライザ・ルーとくっついたところで現代だったらめちゃめちゃ叩かれていたでしょう。以上。

 

中盤は農業関連の話がよく出てくるんですけど、僕は農業に全く関わったことがないので何をやってるのかさっぱりでしたけど、風景描写がとても綺麗でイギリスの田舎に行きたくなりました。イギリスは中学生の時にロンドンに行って3歳の時に一応田舎も行ったことあるみたいなんですけど、全然覚えてないですね。

テスの舞台はイギリス南部ですけど、スコットランドに13世紀のお城とかがたくさん残ってるみたいなのでそっちの方に行ってイギリスの城巡りをしてみたいですね。日本と違って田舎の方は鉄道網なさそうなので、車の免許持ってないとキツそうですけど。

 

第6編「改宗者」の直前で改心したアレク・ダーバヴィルと再会をしたところはテスだけじゃなくてこっちも予想外で面白かったですね。アレクはしつこいけどここから良いやつ感出してくるので最後殺されるのは少しかわいそうでした。まあ、でも「もうあいつブラジルから帰ってこないよ」って言ってテスのこと騙してたんで中身はクズのままでしょうけどね。人の中身っていうのは変わらないものですけど、テスと再開しない方がアレクは少しはまともな人間になれていたんじゃないかという気もします。

アレクもエンジェルも少しアプローチの仕方が強引なんじゃないかと思いました。テスは田舎娘だからそれでなんとかなりましたけど、現代の普通の女の子だったらそういうアプローチは好まないでしょう。

 

最後にテスがアレクを刺殺した後の逃亡劇ですね。ここの場面はすごく良かったです(*´ω`*)辛い目に遭ってきたテスが死ぬ前に最愛のエンジェルと2人きりの幸せな時間を過ごせたという唯一の救いの場面です。逃亡劇の小説は名作が多いんじゃないかと僕は思っていてロシア文学だとドストエフスキーの『罪と罰』がそうですし、日本でも東野圭吾の『白夜行』、『祈りの幕が下りる時』とか松本清張の『砂の器』とかすばらしい作品がたくさんありますよね。逃亡劇の主人公は概して不幸な人々で仕方なく殺人を犯してしまうんですよね。祈りの幕読んだ時絶対現代にそんな不幸な人おらんやろって思いましたけど、逃亡劇の主人公みたいな人がいないことを願います。

僕はアレク1人殺したくらいで死刑になるの厳しすぎんか?と思いましたけど、当時は殺人はだいたい死刑っぽいですね。ちなみにイギリスでは庶民は絞首刑で貴族は斬首刑だったらしいです。1868年に死刑改正法が施行されて公開処刑が廃止になったので、テスの時代設定が19世紀末だとするとテスが公開処刑されていたのと辻褄が合いませんね。最後公開処刑みたいになってたのどういうことなのか誰か調べてください。゚(゚∩´﹏`∩゚)゚。

 

一応またイギリス文学読むかもしれないので今年の春期の授業は英文学の講義を取ってみました!内容は19世紀の女性作家です!楽しみにしてます😊

 

『ダーバヴィル家のテス』みなさんも是非読んでみてください!

 

 

*1:・×・

白石聖を推してます